こんにちは!NBAレジェンド企画で勝手に盛り上がっているShoHaru(@Kobeshima8)です。
NBAレジェンドの第3回目を飾るのは、マイケル ジョーダンです(Michael Jordan)です。
ジョーダンは3回目にやると決めていました!
バスケットボール史上最も有名と考えられる選手について書きたいことはいっぱいあります。
マイケル・ジョーダンは何が凄いの?
何で神様と呼ばれていたの?
現在は何をしているの?
NBAを知らなくても名前を知っている人は多いマイケル・ジョーダンですが、こういった疑問を持つ人が多いと思います。
このような疑問を解決するために今回は次のような観点からマイケル・ジョーダンを紹介していきます。
このような方におすすめ
- マイケル・ジョーダンの何が凄かったのか知りたい
- どうしてジョーダンは神なのか知りたい
- ジョーダンはNBA史上最高の選手なのか知りたい
- 現在は何をしているのか知りたい
現役の時から神様と呼ばれていたジョーダン。
バスケットボールにおける神様ですからね。
普通ではないです。
20年以上NBAを観ている僕の考えも入れながら説明していきますので、是非最後まで読んでみてください。
Michael Jordan
基本情報
出身地:アメリカ合衆国
生年月日:1963年2月17日
身長/体重:198cm/98kg
出身校:ノースカロライナ大学
NBA所属チーム:シカゴ・ブルズ、ワシントン・ウィザーズ
ドラフト年:1984年 全体3位でシカゴ・ブルズから指名される
背番号:23、45、12
ポジション:SG
主な獲得タイトル・成績
NBA優勝:6回(ブルズ(3連覇×2))
ファイナルMVP:6回
レギュラーシーズンMVP:5回
最優秀守備選手賞:1回
得点王:10回
スティール王:3回
オールスターMVP:3回
スラムダンクコンテスト優勝:2回
オールNBAファーストチーム選出:10回
※ポジション別にNBAから最高の5人を選ぶ
NBAオールディフェンシブファーストチーム選出:9回
※ポジション別にNBAから最高のディフェンダー5人を選ぶ
NBA新人王
ロサンゼルス&バルセロナ五輪:金メダル
NBA50周年記念オールタイムチーム
NBA75周年記念オールタイムチーム
■通算15シーズン
通算得点:32,292得点(歴代5位)
通算リバウンド:6,672リバウンド
通算アシスト:5,633アシスト
平均得点:30.1得点(歴代1位)
これまでのキャリア
マイケル・ジョーダンの偉大さを知るためにも、キャリアを簡単に振り返りましょう。
チーム遍歴
- 1984‐1993 ブルズ
- 1995‐1998 ブルズ
- 2001‐2003 ウィザーズ
入団前から評価は高かったものの当時はセンター主体のNBAでは平均身長以下のジョーダンは全体3位で指名され、当時弱小チームであったシカゴ・ブルズに入団しました。
1年目から実力を発揮して高得点を記録し新人王を獲得。
しかし、2年目には足を骨折する怪我を負ってしまい、シーズンの大半を欠場してしまいます。
それでも、3年目には1試合平均37.1得点という驚異的な得点力を見せつけます。
ただ、チームとしてはプレーオフには出場するものの勝てない時期が続きます。
1990‐1991に遂に歓喜の瞬間が訪れます。
マジック・ジョンソン率いるレイカーズとのファイナルを4勝1敗で制したジョーダンは初優勝を遂げ、ファイナルMVPに輝きます。
1991‐1992にはクライド・ドレクスラー率いるブレイザーズとの戦いを制して2連覇し、ファイナルMVP。
1992‐1993にはチャールズ・バークレー率いるサンズに勝利。スリーピート(3連覇)を達成し、ファイナルMVPとなります。
チーム遍歴を見たときにあれ?と思われた方もいると思います。
ご察しの通り、ジョーダンは3連覇を達成後に突如引退を表明します。
人気、実力ともに全盛期であったジョーダンの引退は衝撃でした。
当時、ジョーダンの父が強盗に襲われて殺害されるという痛ましい事件が起き、これが引き金となったということです。
NBAを引退したジョーダンは、父との約束を果たすためベースボールに転向し、マイナー契約でホワイトソックスと契約します。
マイナーで必死に練習しメジャー昇格を目指しましたが、残念ながら目標は果たせませんでした。
”I’m Back”
レギュラーシーズンも終盤に差し掛かった1995年3月18日。
FAXで送ったこの言葉でジョーダンはNBAに復帰します。
身体がまだバスケットボールをやるのに適していない状態ながら復帰から5戦目で55点を叩き出し、ジョーダンの存在は健在であることを知らしめました。
しかし、プレーオフではシャキール・オニール、アンファニー・ハーダウェイのデュオを揃えたオーランド・マジックに敗北となりました。
1995-1996シーズンでは当時の記録である72勝10敗でレギュラーシーズンを勝ち抜きます。
そしてファイナルでもシアトル・スーパーソニックス(現サンダー)を破り4度目のNBA制覇とファイナルMVPを獲得します。
翌1996‐1997、1997‐1998シーズンではファイナルでカール・マローン、ジョン・ストックトン率いるユタ・ジャズと2年連続で対戦します。
両シーズンともブルズが4勝2敗で勝利し、2度目のスリーピートを達成。
ジョーダンは合計6度のファイナルMVPに輝きます。
1997-1998シーズンは、ヘッドコーチのフィル・ジャクソンがシーズン終了後に退団する主旨の発言をしていたことから、ジョーダンも引退を示唆していました。
ラストダンスと呼ばれたシーズンを見事優勝で飾り、ジョーダンは2度目の引退をすることになります。
この写真はラストショットと呼ばれる最後に優勝した時の最後のシュートです。
ブルズが1点ビハインドの状況で、マローンからジョーダンがスティールを奪い、そのままブルズのジョーダンのオフェンスで迎えた残り5.2秒、ジョーダンがシュートを決めて見事優勝を決めた場面です。
ちなみにこの時はジャズのホームだったので、ゴール背後の観客を見ると分かりますが、既に頭を抱えている人、叫び声をあげていそうな人、願っている人、期待を込めて見ている人、様々な観客の感情が伝わってきます。
ジョーダンが終盤にボール持つことはそれだけインパクトのあることだということですね。
僕は1996-1997シーズンからNBAを見るようになりましたが、この瞬間を生で見ていて鳥肌が立ったのを覚えています。
ウィザーズのオーナーとなっていたジョーダンは2度目の現役復帰を果たします。
2シーズンともに平均得点20点以上をあげたものの、ウィザーズをプレーオフに導くことはできませんでした。
それでも、40歳で引退したジョーダンのプレーは最後まで人々の記憶に焼き付いていることでしょう。
マイケルジョーダンの凄いところ
レブロン同様に獲得タイトルとキャリアを見ただけでもジョーダンの凄さは感じられますよね。
ここでは、プレースタイルを中心に次の6つの観点でジョーダンの凄さを具体的に解説します。
- 身体能力
- プレースタイル
- 勝負強さ
- なぜジョーダンは神なのか
- バスケットボールにとどまらない人気
- ジョーダンはNBA史上最高の選手なのか知りたい
垂直跳びが約120cmあったというジョーダン。
「リングにキスできた」というほどの跳躍力と滞空時間の長さもあり付いた愛称が”AIR”です。
身長は198cmとそれほど高くないものの、”AIR”通り滞空時間を活かしたダンクや空中を踊っているようにダブルクラッチを決めてシュート決める様は人々を惹きつけていました。
はい。飛んでますね。
また、ジョーダンはレブロン同様に怪我の少ない選手でした。
2シーズン目には足の骨折によりレギュラーシーズンの大半を欠場しますが、それ以外のシーズンはほぼ82試合に出場しており、怪我にも強い選手だったといえるでしょう。
ブルズ入団初期はその跳躍力を活かしたレイアップやダンクが中心でした。
ダンクコンテストで見せたフリースローラインからのダンクや、ダブルクラッチで空中で相手選手をかわしてシュートを決めるインパクトは大きく、人間離れしたプレーに見えました。
しかし、徐々にミドルシュートの精度を向上させていき、ますますアンストッパブルな選手になっていきます。
特に、それまで高いことが美徳とされていたセンター中心のNBAから、背の低いガードの選手でも優勝に導けるというセンセーションを巻き起こしたジョーダンはNBAにおける革命だったと思います。
更に、一度目の引退から復帰して以降はリングから遠ざかりながらシュートを放つフェイダウェイシュートを体得し、円熟味を増していきました。
スピード、ボディバランス、全てで高い能力を出すジョーダンは完全にオフェンスマシーンといった存在でした。
しかし、フィル・ジャクソンがヘッドコーチに就任して以降は、もともとパスもうまい選手だったので味方を使って効果的に得点をするようになっていきました。
そして、ジョーダンが凄いところはディフェンスの良さです。
NBAオールディフェンシブファーストチーム選出に9回、最優秀守備選手賞に1回、スティール王に3回輝いていることがディフェンスの良さを象徴していると思います。
1987‐1988シーズンには史上唯一同シーズンで、得点王、シーズンMVP、最優秀守備選手を獲得しています。
ジョーダンは無類の勝負強さを誇ります。
賭け事が好きだったことからも分かるように、非常に負けず嫌いであったため、試合終盤で接戦になるほどその力を発揮するような印象を受けました。
体調が悪く虚ろな状態になりながらもシュートを決めてチームを勝利に導くこともありました。
そして、ブザービーターを含むクラッチショットを何本も決めており、その勝負強さが強烈な印象を残したことも、ジョーダンが人気である理由の一つでしょう。
伝説の選手の一人であるラリー・バードにこう言わしめたことがその理由です。
「あれはマイケルジョーダンの姿をした神だ」
1985‐1986シーズンのプレーオフで当時史上最強と言われたボストン・セルティックス戦で、いまだにプレーオフ最高得点となる63得点をあげた試合後に残した言葉です。
加えて、ジョーダンのプレーは神の名に恥じることはなく、常人では到底不可能なムーブをしていたことからも文句の付けようがなかったのでしょう。
ジョーダンの登場でNBAは世界中で爆発的な人気となり、存在自体がアイコンとなっていきます。
いまだに新作が出ているスニーカーであるエアジョーダン(Air Jordan)は、世界中で人気となっています。
ジョーダンブランドは現役NBA選手も愛用しています。
そして象徴的な背番号である「23」は他のスポーツにも影響を及ぼしており、あのデイビッド・ベッカムが「23」を背番号にしていたのはジョーダンのファンだったからというのは有名は話。
レブロン・ジェームズが「23」をつけていたのもジョーダンの影響です。
様々な意見があると思いますが、僕の答えは残念ながら”No”です。
前回のレジェンド企画であるNBAレジェンド レブロン・ジェームズ 最強のキングで史上最高の選手である理由で述べたように僕の見解はこうです。
最も好きな選手は?
→コービー・ブライアント
最強の選手は?
→マイケル・ジョーダン
歴代最高の選手は?
→レブロン・ジェームズ
レブロンの方がバスケットボール選手として完成されている存在だと考えているため、歴代最高の選手に選んでいます。
ただし、ジョーダンの人気がそのままNBAを世界的な人気スポーツにしたことや、凄まじいプレースタイル、優勝回数等々、数え上げればキリがないほど偉業がありジョーダンの存在は大きいです。
また、15シーズンでのレギュラーシーズンの平均スタッツもオールラウンドに高いです。
30.1得点、6.2リバウンド、5.3アシスト
バスケットボールの神様という称号からも分かるように、ジョーダンは間違いなく唯一無二の存在であったことでしょう。
ジョーダンの現在
ジョーダンは現在シャーロット・ホーネッツを買収し、筆頭オーナーになっています。
フォーブスのスポーツ選手長者番付1位を6回獲得しているほどジョーダンはお金持ちで、2020年時点の純資産は21億ドル(約2300億円)とされています。
まとめ
ジョーダンが如何に凄かったか伝わりましたでしょうか?
少しでもジョーダンの凄さ、NBAの面白さを伝えられたら幸いです。
ジョーダンの存在はNBAの存在そのものであるとも言えます。
現在はジョーダンがいた頃のNBAから進化を遂げていますので、過去のNBAを知りつつ現在のNBAを見るともっと楽しめると思います!
是非、現役最強レブロンや、ジョーダンの後継者であるコービーの記事も読んで楽しんでいただければ幸いです👇
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